■インド人には「サービス」が浸透してない。では日本人は?

インドのリシケシという山奥の街を出て、いまはアーグラーという街にいます。
あのタージマハールのある街です。

インドに来て10日が経ったわけですが、「ひとつの夢が叶ったんだなぁ」という実感がジワジワ湧いています。

「インドにいく」というのが夢になったのは、多くの世界一周経験者や、インド経験者から「インドは違うよ。」と言われていたからです。

それに加えて、大塚でバイトしてたとき、昼休みに入ったインドカレー屋に置いてあった本を読んで、ワクワクしたのを覚えています。

さらにさらに、以下の2本の映画。これらを見て、僕の中で「インド」欲が高まり、ひとつの夢になり、それが実現されたわけです。紹介しときます。

インスタントビデオは使いやすくていいよね↑

では、目次からどうぞ。

目次
ーーーーーー

1、チケットとったけど乗れない。
2、インド人という人々。
3、日本人は?

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1、チケットとったけど乗れない。

インド人という人々について説明するために、1週間ほど前の、とあるエピソードを紹介します。
僕がコルカタからデリーへ列車で移動し、その後デリーからリシケシという街に移動しようとしていたときのことです。

デリーからリシケシには、ざっと言えば、バスで行く方法と、列車で行く方法があります。
時間も、料金も、乗り心地も、決定的な差があるわけではないので、僕は列車で移動することにし、とあるカウンターでAM5:30発のチケットを買いました。(デリーに到着したのがAM2:00だったので、深夜に活動していた)

ふ「このチケット、どのホームから出るの?」
イ「おれは知らん。案内所で聞け。」

自分が売ったチケットなんだから、ホームくらい知っとけよ。と思いつつ、案内所(Enquality)へ行きます。
案内所はひとが殺到していて、ひとつのカウンターに4〜5人が押し寄せています。

そこに負けじと僕も体を押しこみ、チケットを見せ、乗り場を聞きます。(ちなみにこのタイミングで、iPhoneすられた)

ふ「このチケット、どのホーム?」
イ“カンッ!!!カンッッ!!”

案内所のインド人は、カウンターに置かれた数字や記号が羅列されたボードをペンで叩くだけです。

ふ「あのっ!どのホーム!?』
イ“カンッ!!!カンッ!!”

どうやら僕以外のどの客にも同じようにボードを叩くだけで対応してるよう。
そのボードに何が書いてるか、さっぱりわからん。ヒンディー語かなにか、読めない文字も多いし。表示を見てもわからんから案内所があるのに、いくら聞いてもボードをペンで叩くだけ。

後ろにはさらに10人近くのインド人が案内所に押し寄せてきているので、僕はあえなく退散。

デリー駅には10以上のホームがあるので、どのホームから発車かわからないとかなり不安。
さっきのチケットを売ってくれたカウンターに戻っても、「案内所で聞け」の一点張り。

案内所は相変わらずの人ごみ。
その辺の駅員ぽいひとに訪ねても「案内所で聞け」。

もう、駅員は信用ならん!と思った僕は、別の作戦に出ることに。

電光掲示板を見て、5:30発の列車を見つけます。5:30発は2本ある。このどちらかが正解なはず。
5:15くらいまで待つ。

15分前くらいになると、5:30発の列車が入ってくる。
ここぞとばかりに、それらの列車に乗っている乗客に訪ねる僕。

「ねぇねぇ、この列車はリシケシにいくの?」
「いかないよ!」

それじゃぁ、と。かなり離れたホームのもう一本の5:30発の列車まで、重いバックパックを背負って移動する僕。
同じく5:15くらいに入ってきて、5:30に出発する列車。

「ねぇねぇ、リシケシいく!?」
「いかない、いかない!」

うっそーん。
両方の列車で何人かの駅員とか乗客に聞くが、どちらも5人にひとりくらいが「リシケシに行く」というけど、あと4人は「いかない」って言うし、あまりに可能性が低すぎる。

もちろん「リシケシ」とか「ハリドワール(リシケシの手前の街の名前)」とか、複数の街の名前を聞くけど、どうも手応えがない。

この状況で一番のリスクは「どこかとんでもない方向の列車に乗っちゃう」ことだと判断した僕は、どちらの列車にも乗りませんでした。

時間は5:40になり、それらの列車はどちらも出発する。
完全にムダになった、僕のチケット・・・。

なんなんだよ、もう!!!

 

ーーー休憩(ムカつきタイム)ーーー

 

で、一通りムカつききったあと(?)近くにあるニューデリーという駅まで移動し、別の列車のチケットを狙います。

それでもニューデリーの駅のチケット売り場は混雑していて(いつもの、ひとつのカウンターに4〜5人状態!)、なんとかひとを押しのけて「リシケシ行きのチケットくれー!」と言う僕。
「別のカウンターだ」

教えられたカウンターも、超混雑していて、そこで「リシケシー!!」と言う。
「ここじゃないよ。」

次のカウンターも・・・以下略。

 

ーーー休憩(放心タイム)ーーー

 

恐らくこの旅でトップ3くらいの精神的ダメージを受けた僕は、ニューデリー駅のホームに座り込んでゲームしてました。
数日前に用意していたモバイルルータのおかげで、なんとかネットは繋がるもん!

で、気を取り直して基本に戻り「デリー リシケシ 行き方」などとググり、先人の知恵をお借りしました。

とある旅ブログに書かれていた通り、近くにあるカシミールゲートという駅まで地下鉄で移動し、そこのバスターミナルから、なんとかリシケシ行きのバスをゲットしました。
地下鉄は大混雑(改札に200人近くが並んでる!)だし、バス停付近ではウソを何回も案内されるし、もちろん一筋縄ではいきませんでしたが。

2、インド人という人々。

ここで、インド行きの飛行機内で見つけた「地球の歩き方」の中の一文を紹介します。

地球の歩き方 インド

興味深い。

サービスという考えが浸透していないインドでは、これが売り手の習慣と考えて。
「地球の歩き方」’13〜’14版 P107 ●マナーと習慣

もう一度。

サービスという考えが浸透していないインド

ここまで的確に、インド人のことを表現してくれた地球の歩き方に感謝。

インド人は、どこの店員もぶっきらぼう。商品もコインも、こちらも見ずに投げて渡す。
インド人は、どんなに嫌われても、怒られても、断られても、無反応。
インド人は、そこら中にゴミを捨てる。
インド人は、そこら中にツバを吐く。

友達の旅人♀は、「あいつらは・・・頭が悪いんだよ!!」と暴言を吐いていましたが、そんな気持ちにもなります。1章で紹介した、デリー駅の駅員しかり。そこにドッと集まる客しかり。

しかし「頭が悪い」で片付けていては、何事も進展しません。

”サービスという考えが浸透していないインド”

「サービス」というのは、「奉仕」と訳してもいいし、「自分の利益よりも、他人の利益のために行動する態度」と訳す事もできます。

この気持ちが少ないことで、上記のようなインド人像の説明が、大方つきます。ツバを吐くのだって、「ここにツバ吐いたら、他人が不快な気持ちになるかな?」というブレーキが一瞬、働くか否かの違いで、インド人たちはそのブレーキが働かず、多くの日本人は働くだろうという話です。

そして
「浸透する」という表現。

ひとには、自分が扱われたように他人を扱うという性質があります。

親に虐待された子が親になると、子を虐待するように。
教師に怒られた生徒が教師になると、生徒を怒るように。

これと同じように、生まれてから出会うひと全てが「サービス精神のないひと」であれば、自分がサービス精神を持たなくなるほうが自然です。

ひとりひとりの責任を追求するのではなく、インドではそういう遺伝のような文化が連綿と受け継がれているのだな、と思えば、「あいつらは、頭が悪い!」などと一方的な見方をすることがなくなります。

インドでは誰も「お客様は、神様です。」と、言わなかったというだけの話なのです。

 

3、日本人は?

一方で、日本人はどうでしょう。
間違いなく「サービス」という精神は十分に足りてる。これはマジで世界に誇れると思う。
だからといって完璧な人間というわけでも、インド人より日本人が優れているわけでもなく。

ザッと考えると、日本人には「自立」という考えが浸透していないように見える。
あるいは「断る」「断られる」という習慣。
もしくは「他人と違ってもいい」「自分で考える」などなど。。。自分の国のことだといっぱい出てきてしまうけど、基本的に日本人好きですよ、僕は。

インドでは治安の悪さやレイプ問題が社会問題化してることと、
日本では引きこもりや自殺が社会問題化してること関連づけることができます。

こうして自分の国や文化に対して、「ただ○○という考えが、浸透してこなかっただけなんだな」と考えると、
他国の人に対して寛容になれるし、自分の性格について必要以上に気にする必要がなくなります。

僕も日本人らしく、「断る」ことに恐怖心を感じることはあります。

レストランまで入って値段を聞いて、出て行ったら失礼かな、とか。
こんなに良くしてくれてるのに、断ったら悪いかな、とか。

これは、僕個人の責任ではなく、日本人が持つ性質ということになり、「キッパリ断る」という文化が日本に浸透していなかっただけなので、僕はまっっったく悪くないのです。ひゃっほーい!!

そしてさらに、自分の国民の持つ弱い部分を理解し、そこを補う努力をすれば、
「サービス精神のあるインド人」や、「自立し、キッパリ断る事のできる日本人」というニュータイプ的な人間になることも可能なのです。

「インドに来れば、人生観が変わる」と言われますが、
人生観というか、人間観が変わりつつあります。

では、またのお越しを、お待ちしております!

P.S.
アジアの路上での交渉事でも、この本を読んでたことが役に立ってます。

武器としての交渉思考

P.P.S.
僕のインドでの生活ぶりがわずかに書かれてるので、シェア。
今回の旅の、一番の旅仲間のブログ。

27年間実家を出た事がない元ギャルと5年間世界を放浪していたロンゲが二人旅した場合。
■ブログを人生とゆう永いめでみたら絶対おもろい。

 

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ABOUTこの記事をかいた人

ふじさわ

ブログでご飯を食べるようになってから4年目に入りました。 元ドコモ店員で、昔は「iPhone愛用中ドコモ店員」という名前でやってました。ノークレイジーノーライフ! 詳しいプロフィールはこちら