Necrofobia(ネクロフォビア)の映画の口コミ、解説。わけわからん映画の3要素。

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いらっしゃいませ!
ふじさわです。

昨日、NetflixでNecrofobia(ネクロフォビア)っていう映画を観たんですが、あまりにもわけのわからない映画でした。

Necrofobia 口コミ

ジャンルはサスペンス。

映画を見終わったあといつもそうするように解説や口コミを探そうとしたんですが、ネット上に全く見当たらない。こんなこと初めてです。2014年公開だし、Netfrixのオリジナル作品かと思ったんですがそうじゃないし、そんなにドマイナーな映画ってわけじゃないはずなんですが、とにかくこの映画に関する情報がまったくない。

ここで僕がこの映画の解説記事を書けば、検索で上位になるかな、と踏んでの記事です。あざとくてすまん。

目次からどうぞ。ここからネタバレ含みますよ。「わけわからなくなる3要素」については、3章からどうぞ。

目次


1、Necrofobiaはわけがわからん
2、最初のシーンとラストシーン。
3、わけわからん3要素。


 

1、Necrofobiaはわけがわからん

さて。「この映画、わけわからん」と思って検索して辿り着いたあなた。その気持ちわかるよ。僕もわけわかりませんでした。

友達とふたりで見て、その友達もかなりの映画通でしかもサスペンス好き。なのにふたりして「わけわからん」て思ったので、あなたは別に異常じゃないと思うよ。

子供のころには「この映画、わけわからん」て思うことはよくあったんですが、大人になってこんな感覚になるのは珍しいです。

とにかく全編を通して「言いたいことはわかるけど!」という感じ。要するに主人公のダンテはネクロフォビア(死体恐怖症)という名の二重人格者で、片方の人格がズバズバ殺人しまくるけど、本人は全く自覚がない。って話。このへんまではよくある設定で面白いんだけど、いまひとつ「わけわからん」わけですな。

2、オープニングとラストシーン

まずこの映画はオープニングから混乱させてくる。なんの説明もなく、いきなり主人公が混乱して怯えたり走ったり血まみれになったり。

音楽と映像は素晴らしいし、オープニングなので「まぁ、あとでいろいろわかるだろ」と思って構えて見られるわけですが、まさかあのノリでラストまで進むとは思わなかった。
そしてオープニング後からはとりあえずストーリーが展開していく。中盤では主人公がNecrofobia(ネクロフォビア、死体恐怖症)であることもバラされ、いくらか筋の通った話になってきて安心していく。

女警官を殺して終わればよかったものの、ラストシーンでかき乱されます。

ダンテの二重人格の殺人する方が出てきて、いままでの話の「種明かし」をしていくんだけど、ハッキリ言って視聴者の頭では「???」が大量に生産されていくだけです。
このラストシーンが回想シーンなのかどうかが今でもわからない。ダンテの妄想にも見えるが、実際に電話が鳴ったりして、「種明かし」的な要素もある。あれじゃ時間軸のズレというか、タイムスリップ能力になっちゃうよ。

視聴者の頭の中のクエスチョンマークは、つまるところ

「二重人格ってだけでは説明できない設定、多すぎっしょ」

というところに落ち着くわけである。普通に二重人格の片方が殺人者なのはわかるが、それでは説明しきれない事態が多すぎる。そしてそのまま「NECROFOBIA」のロゴがでかく出てきて、終了である。

視聴者の頭には「???」がでかく出て終了である。

正直、1時間14分だからなんとか最後まで見れたってとこあるよね。

3、わけわからなくなる3要素

ここで、「なぜこの映画はわかりにくかったか?」の3要素を、別の映画を交えながら紹介します。
そしてこの3要素は、だいたいの他の映画にもあてはまる。この3つ以外にもあったら教えてくれ。

それは「精神錯乱者」「時間軸ずれすぎ」「似た顔」の3つです。

まず「精神錯乱者」です。これは、登場人物(だいたい主人公)が精神病を持ってたり、催眠術にかけられたりして、「普通とは違う世界」が見えてる場合です。この設定はネクロフォビアのキモだし、別に悪いことじゃない。

この設定だと、主人公の見えてる世界と、現実の世界(それ以外のひとが見えてる世界)に違いがあるので、それを視聴者は頭の中でいちいち整理しないといけない。だけどそれがハマれば楽しい。

ただこの要素が映画に入ると、圧倒的に「わかりにくく」なります。やるなら最後のシーンでバーンと種明かしくらいじゃないと、中途半端にやると現実と精神錯乱者の視点が混じって視聴者はついてこれない。

「ザ・ウォード 監禁病棟」は多重人格映画の典型だし、

「シャッター・アイランド」は完成度高すぎて僕も騙された。レオ様。

次に「時間軸ずれすぎ」です。要するに、映画の中の時間の流れが一定ではなく、途中で昔のシーンに戻ったりする場合です。それも回想シーンってレベルじゃなく、普通のシーンとして時間軸のずれた場面になるので、それが理解できないと「あれれ?」ってなる。

僕が大好きな「パルプフィクション」を楽しめてないひとは、時間軸が頭の中でごっちゃになってついてこれてない場合が多いかも。

あとは宮崎あおいちゃんの「ソラニン」も、ちょっと途中で混乱するやつ。これはそういう演出っていうか、単純にわかりにくい。


最後に「似た顔」だけど、これは別に製作者を攻めるもんじゃない。日本人の僕らからすれば、有名な俳優でもなければ西洋人の顔の区別がつかなくなることはある。

ただネクロフォビアでは「双子」という設定から始まり、「二重人格の、もう片方の人格との対話」というシーンまででてくる。すると同じ顔が3つもでてきて、普通に見分けがつかなくなる。最後には、死体も同じ顔で4人?とかってなる。同じ俳優さんだし。ごめん。ネタバレした。

「こいつは、双子の弟なのか?もうひとつの人格なのか?あるいは精神錯乱者の幻想なのか?」と、精神錯乱者の視点も混じってきてわけがわからなくなる。途中まで「メガネをかけてるか否か」で判断してたけど、そんな甘い戦略はすぐに通じなくなったしね。

この「顔が似てて混乱」は、わりとよくあります。僕がちょっと顔を覚えるの苦手ってのはありますけどねー。

「ラブ・アクチュアリー」みたいに複数の主人公級の人物がいる映画は厳しい。ただこれは有名な俳優さんも多いからなんとかなった。

「パリ」という映画では、どれもヨーロッパ系の俳優さんで、既知のひとがひとりもいなかったからも、後半はもう誰がだれかわからなくて全然入りこめなかった。

この2つみたいな、10人以上が主役で、人間関係が入り乱れる系の映画では「顔がわからなくなる現象」が起こるのは仕方ないと思う。ただネクロフォビアは、「双子」とか「自分の中の別人格」とかって、反則技ばかりでダメだった。
ということで、「精神錯乱者」「時間軸ずれすぎ」「似た顔」の3要素が、それぞれを強め合うことでネクロフォビアの無敵の「わかりにくさ」が誕生したものと思われます。

他の映画でも「あら、わけわからんぞ」と思う時には、だいたいこの3要素が原因かもしれません。いや、ネクロフォビアに関して思っただけだから、他にもいろんな要素はあるだろうけど。

ということで今日の記事は以上です。

誰か僕にもっと適切なNecrofobiaの解説を教えられるよ、というひとはtwitterで話しかけてください。

またのお越しを、お待ちしております!

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