[公開日]2017/12/29

大音量の中、片手を上げてピョンピョン飛び跳ねる喜びは、知らない人生でいい。【パンガン島 フルムーンパーティ2017】

世界一周者の中で「世界最大のパリピイベント」と呼ばれる「タイのパンガン島のフルムーンパーティ」というのがあるので、そこに参加したことを書きます。

いきなりですが、僕はパリピに見られがちです。

普段からコミュ力高いしハキハキしゃべるし、日常生活でも「ウェーイ」とか言うし、なんならチャットとかでも「ウェーイ」って言うし。
実際にこの日も「ブラックライトで光るボディペイント」でドラゴンを描いてもらったりしました。一人だったけど。

僕はパリピに見られがちですが、実際には「クラブって何する場所なの?」と普段から疑問に思ってます。

いや、この際だからハッキリ言うけど、クラブって「ナンパのための場所」じゃないの?
男はナンパするために行くし、女はナンパされるために行く。

「ナンパ」という言葉の刺激が強すぎるなら「新しい男女の出会い」と言ってもいい。
そのための場所だろうと思ってたけど、どうやらそうではない人たちもいるらしい。
そうじゃないと主張する人たちは「音楽を楽しむ」ためにクラブに行くそうな。

なんだ「音楽を楽しむ」って?

どうやら、お酒を飲んで、大音量の音楽に浸りながら、片手を上げてピョンピョン飛んでる時「ノってる」とか「すんごいいい気持ち」になったり「音とひとつになってる」そうです。

わかんなくはないけど。

わかんなくはないけど!

確かに僕も思い返してみたら人生で1回か2回くらいは、ベロンベロンで音楽に合わせてピョンピョンしたことがある気がするけど。

けどそれって10秒か20秒だけだった気がする。

だから、もし「新しい男女の出会い以外の目的でクラブに行く人たち」がその10秒か20秒のために行ってるのだとしたら「コスパ悪すぎ」。

いや、さすがに10秒ってことはなくて、その種のひとたちは2時間とか3時間ノれるのかもしれない。

僕がベロンベロンで10秒だけノリノリになったのとは、ノリの種類が違うのかもしれない。そう考えた方が自然だ。

ということで、僕は「パリピ」とは何かについての思いを抱えながら世界最大のパリピの祭典、フルムーンパーティにやってきた。

見渡す限りの長い長い海岸に、大音量のバーやDJブースがズラーッと並んでて、みんなで夜通しバケツカクテルを飲みながら、大音量の中で片手をあげてピョンピョン跳ねるための場所と時間。

参加者は、白人とタイ人らしきアジア人が半々。中国人や韓国人もチラホラ見かけるが、日本人はこの日、数人しか出会わなかった。

世界最大のパリピパーティは、だたひたすら大音量がかかって、片手をあげてピョンピョンしてるひとがいて、その中心地から離れたところで、男が女に声をかけてはフラれたり、少し話しては別れたりを繰り返してた。

そんなもんなのだ。クラブとかパーティというのは。

実際のところ、僕はこの日、パーティのあるパンガン島に上陸し、会場であるビーチの端から端まで一通り歩いて(ここまで約20分)すぐにゲストハウスに帰りたくなっていた。

ゲストハウスに戻ってツイッターをするか、映画でも見るか、電子書籍でも読んでた方が、ずっと有意義に時間を過ごせることを知っていたから。

これを読む貴方は、そもそもこんなパーティ島までこなくていいじゃんと思うだろう。

実際、この日僕はひとりだった。いくら世界最大のパーティでも、ひとりで楽しむのは至難の技だ。

しかし、本来ならば僕はこの日、一人ではなかったはずなのだ。日本からフルムーンパーティのために女友達がやってくることになっていたのだ。しかも飛び切りのパリピ女子。

パリピ女子と一緒なら、僕もパリピになれるかなと思っていたけど、彼女はタイにこなかった。なんやかんや理由をつけて、こなかった。やはり、日本とタイは遠いのだ。

その時点で僕がバンコクにいたのなら不参加でよかったのだが、あいにく僕は一週間ほど前からパンガン島の隣のサムイ島に滞在していた。サムイ島は、いわばパンガン島と「セット」のような扱いで、サムイ島に滞在しているとあちらこちらにフルムーンパーティのポスターが貼られているし、滞在客やホテルスタッフの話題もフルムーンパーティでもちきりだ。

もちろん、そんな雰囲気に流されず、パーティに気が乗らないなら乗らないでいかなければいいだけの話なのだが、僕はフルムーンパーティに来た。

そして、到着20分でもう帰りたくなっている。

もちろん、何一つ楽しかったわけではない。
「火縄跳び」「火付きリンボー」「懸垂対決」などの頭の悪い人用のアトラクションもいくつか用意されていたので、それを楽しんだ。

ここまで来てもなにより大切なのは「SNS映え」なので、見知らぬ白人女性にiPhoneを手渡し、撮影をお願いし、火のついた縄跳びに飛び込んだ。タンクトップのが僕だ。

 

クラブやパーティで「音を楽しむ」人たちが、本当に「音を楽しんでる」のかどうかは僕にはわからない。「音を楽しんでる」と言ってる男女には、一定の割合で異性との出会いを楽しみにしている人がいるのは間違いないし、同時に本当に音を楽しんでいる人の存在も肯定する。

いずれにしても、僕が「音を楽しむ」のは、パソコンでノリノリで文章を書きながらイヤホンで音楽を聴いているときには起こりうる現象なので、その現象が起こる場面が違うだけだろう。

百歩譲って「音を楽しんでる」人種がいるのは認めるが、「片手を上げる」行為の存在だけは、認めることができない。僕も試しに片手をあげてアップダウンアップダウンしたことはあるが、5往復目くらいで疲れてしまうではないか。肩の筋肉が張って来て、それでも片手を上げて謎の動作を繰り返す必要を、誰か説明してほしい。我慢大会かよ。

そして極め付けは「ピョンピョン跳ねる」だ。なんだあれは。疲れる。

しかし僕は、彼らを否定しない。

彼らには彼らなりの人生の、時間の楽しみ方があるから。何事であろうと、他人の価値観を踏みにじるようなことはしない。むしろこのパーティに参加したのは、ラッキーだったと言える。

なにせ、僕は僕の人生において「大音量の中で片手を上げてピョンピョンする」ことの楽しみを、諦めることができたから。

「諦める」という言葉では完璧ではないが、この感覚は「諦める」が一番近い。

今までの僕は、どこかで「大音量の中で片手を上げてピョンピョンして楽しめない自分なんて、ダメだ」と思っていた節がある。

だから、今までにも何度か「クラブ」とか「パーティ」と呼ばれるものに参加してきたけど、結果は散々だ。僕の人生で「財布」「ケータイ」「大事なアクセサリー」を無くしたシチュエーションは、いずれもそのようなお酒を飲んでハメを外す場所だったのだ。

自分がそれほど楽しいとも思ってない場所で、楽しんでない自分を心の中で否定しつつ、大事な所有物まで紛失する。こんな逆ボーナスステージみたいなこと、他にあるだろうか。

いずれにしても僕は、世界最大のパリピイベントに参加することで、「大音量の中で片手を上げてピョンピョンする」ことに楽しみを見出せない自分を認めることができつつも、そうしているひとを否定することはなく、自分は自分の楽しみを享受する選択をとることができたのである。

家でネットしてればそれで満足、とまでは言わないが、少なくとも僕は「会話」できる場所の方が好きだし、新しい異性と知り合う時でも「会話」できる場所を選ぶ。

その方が、ただ自分に合ってる。

とにかく僕の今回の人生では、死ぬまで、大音量の中で片手を上げてピョンピョンする楽しみは知らないままで、いい。

 

そしてこの日も、iPhoneと、アクションカメラを、失くした。







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