「気が済んだ?」
という言葉は、ひとしきり怒鳴り散らした恋人をなだめるときでも、
悪さを犯した高校生の息子に母親がかけるときでも、必ずネガティブなニュアンスが含まれます。
つまり「最初から無意味とわかってることに挑戦してみて、やはり無意味だと実感したでしょ?」という意味を含みつつ「気が済んだ?」という言葉は使われます。
そして僕はいま、このようなネガティブなニュアンスを含んでいると知っているので悔しい気持ちがありつつ、清々しさとともに「気が済んだ!」とハッキリと言いたい。
1、どうあがいても中途半端。
1月23日の深夜にハワイから関空に到着し、24日の朝には成田空港でした。
今は平塚の友人の家に転がり込んでます。
帰国した日は、ささやかなパーティも開いてもらいました。
3ヶ月半の「世界一周」は、どうあがいても、なんの言い訳もできないほど中途半端に終わりました。
訪れた国は5カ国。フィリピン、タイ、シンガポール、インドネシア、アメリカ(ハワイ)。
今回の旅を振り返るにあたって、4年前の東南アジア旅を引き合いに出さずにはいられません。
4年前。僕が26歳のときの東南アジアバックパッカーは「世界一周の夢を叶えるための練習として」でした。
それは半年間、8カ国に及び、多くのエピソードを生みました。
そうです。
26歳で「練習のため」に出発した旅の方が、30歳で「ついに夢を叶える」ために出た旅よりも、期間も国の数も、面白いエピソードの数もずっと豊富なのです。
なにせ今回の旅は3ヶ月半でしたが、そのうち1ヶ月は語学留学、1ヶ月は予防接種の時間でした。
出発するときには
「2、3年は旅をする」
「移住先を探すための旅でもある」
「移住したとしたら、もう10年くらいは帰ってこないかもね」
などと息巻いておきながら、実際には3ヶ月半という短期間です。
僕にとっては3ヶ月半は濃密でしたが、平塚にいた友人からは
「あっという間すぎる」
「千葉にいってたときと感覚は変わらない」
などと言われるほどにあっという間でした。
2、決して無視できない変化
「内面に変化があった」
「気づきがあった」
というのは、危険な表現です。
例えば、ある活動からなにひとつ成果を得ることがなく、マイナスしか得られなかった状況でも
「気づきがあった」
「内面は成長した」
ということで、実際の損失に目を向けないことがあるからです。
そのような危険をはらむ言葉であることは十分に理解しつつも、僕は今回の旅で
「大きな内面の変化があった」
と言うことにします。
その変化の最たるものは、前の記事で書いたように「霧のように感じていた夢が消えた」ことにあります。
「いつか世界一周に行くんだ」というぼんやりとした夢を持つことが人生に与える影響は甚大です。
というのも「いつか世界一周に行く」という夢は「世界一周」そのものに限らず、
「世界一周することで起こりうる、あらゆる可能性に心を開いている」
という意味です。
数十カ国を旅することで起こりうる、あらゆる仕事、人間関係の出会いの可能性に心を開き続けることになります。
ひょっとしたら、
フィンランドでナンパした美女と結婚するかもしれない。
フィリピンの少数部族の女の子に恋をして、その部族の一員になるかもしれない。
スロバキアで出会った美人を日本に連れて帰るために苦労をするかもしれない。
カナダの雪山でのスノーボードに心を奪われるかもしれない。
インドで働くことに魅力を感じるかもしれない。
バンコクの乗り換えで出会った友人と会社を起こすかもしれない。
ルワンダと日本を繋げる役割になることに情熱を感じるかもしれない。
チリ人に恋をするかもしれない。
世界の子どもたちを繋げる活動をしたくなるかもしれない。
セブ島で友人とビジネスをしたくなるかもしれない。
ニュージーランドの働き方こそ自分に合ってると思うかもしれない。
スリランカの波に人生を捧げたくなるかもしれない。
ウユニにお店を開きたくなるかもしれない。
一生旅人として生きることに魅力を感じるかもしれない。
このような、予測不能で無限の「こうなるかもしれない」に心を開き続けることが、「いつか世界一周する」の正体です。
こんな夢を見続け、人生のあらゆる可能性を閉ざさない姿勢は素晴らしいですが、弊害もあります。
代表的な弊害は「今の人生が”仮”に思える」ことで、僕がまさしくこの状態でした。
もし今、日本で恋人を作り、結婚などしようものなら、世界のあらゆる出会いをシャットアウトすることになる。日本で地に足をつけた仕事もできない。一生物の家具を買うこともためらわれます。
大げさでなく、僕はこの10年間、このような気持ちで生きてきました。
「いつか世界一周に出て、あらゆる出会いや可能性を受け止めるためには、それ相応の生き方をしなければいけない」と。
そのような「無限の可能性を待つ」という姿勢は、「世界一周する」という夢が消えると同時に霧のように消えていきました。
今の僕は、ネガティブではなく
「運命を変えるような出会いに期待するより、今いる友人との関係を大切にしながら今の仕事を続ける方が、トータルでいい人生になる可能性が高そう。」という気持ちです。
もちろん今後の人生でも様々な出会いがあるでしょうが、それらは、これまでに築いたものを全て覆すほどの破壊力は伴わないだろう、というやんわりとした予想です。
今後の運命の出会いは、曲がり角で衝突するように起こるのではなく、今いる場所で丁寧に何かを積み上げて手を伸ばした先にありそうだな、という、根拠のない、ふわふわとした感覚です。
3、胸を張って言おう。「気が済んだ。」
今回の世界一周の前に、実家の母親に出発する旨を伝えると
「4年前に東南アジアに半年もいったんだから、気が済んだんじゃないの?」と言われました。
冒頭に書いたように「気が済んだ?」という言葉には
「最初から無意味だとわかってるものにわざわざ取り組んで、無意味であることを実感する」
というニュアンスがあります。
つまり、僕の母親にとっては海外を何ヶ月も旅したがる僕は「それほど大した意味はないのに、それに気づいてない息子」だったのです。
それを聞いた僕は「何を言ってるんだ。世界一周の過程で、日本にいるだけでは出会えないようないろんなものに出会えるかもしれないんだから、これほど大事なことはないじゃないか。」と思っていました。
しかし今の僕は「世界で出会う、あるのかないのかわからないような多くの出会いに賭けるよりも、既に持っているものを磨いた方がずっといい」という意味で、長期間海外を旅することへの魅力をそれほど感じられません。
長期間の旅や世界一周することに対して「気が済んだよ。」と胸を張って言うことができます。
そう言うのは悔しいけど、スッキリした気分。
「一筆書きにする世界一周」への関心が薄れただけで、世界の多くの国を訪ねてみたい気持ちはもちろんあります。
今後は「1ヶ月のアフリカ旅」や「2ヶ月で南米を攻める」という動きをしたいです。
決して海外で出会ういろいろな可能性の否定ではなく、手元にあるものの肯定。今まで積み重ねてきたことの肯定。
自分の人生の幸福度を最大にするためには、いつか出る「当たり」を待ち続けてルーレットを回し続けるよりも、慣れ親しんだ仕事や友人との関係を熟成させる方が近道だと心の底から実感しました。
だから、帰ってきました。
ということで、今後もよろしくみんなぁーっっ!
人生、鈍感力に長けた人間が一番幸せだと言われますが、ふじさわさんを見ていると、本当にそう感じさせられます。
ふじさわさんのスキルでクラクラのプロになると思いつくことすらズレているのに、プロになると決意した理由や背景などをブログで熱烈に語りながらも、即、やめる。
世界一周すると熱く語って行動に移すも、3ヶ月で帰国して「気が済んだと言わざるを得ない」などと言い切る。
など、挙げればキリがないですが、その思考を自信満々に発信できる鈍感力が羨まし過ぎます。
もちろん、私の言う潜望は、決してそうなりたいとは思うことのない、ふじさわさんでも理解できる表現でお伝えすると、嫌味でしかありませんが。
また、これも一つの例でしかありませんが、YouTubeチャンネルの「爆裂レビューふじさわ」ですか。
ちょっと、まともな思考では、あれらの動画を堂々と、自信満々に、鼻息荒くアップできるはずがありませんので、無敵な人的に人生を謳歌されている素晴らしい方だと感じさせられます。
それでも、現実としてどうにか一人では食べていけてるみたいですし、結婚して子供を授かる妄想を理由の一つとして海外に移住することを視野に入れ、この度も2週間の海外旅行に行けるだけの蓄えをお持ちなのですから、今後のふじさわさんの活動には興味津々です。
ちなみに、「やっちゃんねる」というYouTuberはご存知でしょうか?
もし機会があれば、帰国されたら、コラボされることを視野に入れて、やっちゃんねるの動画を閲覧ください。
必ず、バズる動画チャンネルができると思います。
今後のふじさわさんの動向を楽しみにしています。
言い訳してんじゃねぇよ!
初めまして。旅好きで海外への長期滞在も考えており情報収集していたところ、こちらのブログにたどり着き読ませていただいてました。
今回の内容にとっても衝撃を受けたのでコメントさせてください‼︎
ただ、文章を書くのが上手くないので、読みにくいかもしれません。お時間あるときに目を通していただけたら嬉しいです。
初めて記事を拝見したのは、『「そろそろ結婚したい」と思ったから、僕は世界一周する。』でした。この記事を読んで、「私の思ってることってこれだ‼︎」と思いました。世代も同じくらいなので、なおさら共感できました。
私は、結婚に興味ないわけじゃないし、いつかしたいと思ってるけど今じゃない。やりたいことやってからがいいな、と思ってました。私にとってのやりたいこととは、一度は海外に住んでみるということです。
恋愛があまり得意ではないのも大いにありますが、出発するときになって、もし恋人がいたら日本を離れることを躊躇してしまうかもしれない、でも機会を逃して行けずに終わったら最後に絶対後悔する、と思っていたので、積極的に出会いを求めたりもせず、とりあえず海外に行って住んでみて、いろんな価値観や文化に触れて学んで、そのあとのことはそのあと考えようと思ってました。
でも周りはどんどん結婚・出産して幸せになっていくし、私だけこんなで大丈夫かなと少なからず不安もありました。
そんなときに『「そろそろ結婚したい」と思ったから…』の記事を見つけて、自分と似た考えの人がいてくれたことで、自分のこともちょっと肯定されたような気になりました。
今まで海外に住みたいってことを目標・夢にして生きてきたので、それを諦めたら今までの自分が全て無駄になりそうで怖かったのですが、やっぱりやりたいことに向かって進んでいいんだ、そういう人もいるんだ!と嬉しかったのです。
そして時々ブログ拝見してましたが、帰ってきて、そしてその感想を書かれた今回の内容に衝撃を受けました。
ショックとか、期待はずれとか、残念とかそういう意味ではなく、私が今の夢を達成したあとに思うであろうことを今、先に見せられたような気がしたのです。
今の人生が”仮”に思えていること、
あらゆる可能性に心を開くこと、
がまさに今の私の状態です。
記事にされている心境にとっっっっても共感できる部分が多いので、終わって帰ってきたときに、
夢が霧のように消えた、
と私も感じることになるのかなと、事実を突きつけられたような衝撃がありました。
だから夢を諦めますとか、そういうことではないのですが、ここ数年で一番の衝撃的な記事に出会ったので、コメントしてしまいました。長々とすみません。
実際に行動に移して、やってみたから「気が済んだ」と言えるのですもんね。
私も気が済んだ、と言えるように引き続き夢に向かって行動しようと思います。
今後の記事も楽しみにさせていただきます!